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History – アニマルライツセンター第2期

2001年、現在代表理事を努める岡田が入った頃からがアニマルライツセンターの第二期といえます。2001年から、そしてこれからについて、岡田の文章で振り返ります。

2001年からが第二期

前代表理事の川口と一緒に活動をしたのはたったの2年間でしたが、その間、ずっと過去の出来事、経緯、人々についての話を聞き続けました。その中で多くのことを学ばせてもらい、川口さんは私にとっては尊敬する恩師であり、今のアニマルライツセンターにも色濃くその特色が残っています。
相談を受けるという姿勢から攻める姿勢へ
2001年、すぐに取り組んだのは動物実験でした。
そろそろこの化粧品の動物実験という問題、日本でも廃止を加速させなくてはならないと考えたためです。化粧品の動物実験をしてないメーカーを調査しリストしたチラシの大量配布を行いました。
また、アニマルライツセンターと個人のネットワーク、Stop Animal Tests Campaignを結成し、化粧品の動物実験の廃止を求めるデモ行進Peace Walk for animalsを行い始めました。このSATCは東京から大阪にひろがりました。


この頃、川口と、「相談や事件への対応するという形の活動から、明確な目標と戦略をもったシステムの変革に向けた活動にシフトしていこう」と話し合ったことを覚えています。
それにともない、扱う課題は身近なパートナー動物への対応から消費の裏の犠牲、見えない場所で大量に犠牲になっている動物たちの問題に移っていきました。

製薬会社の動物実験に対する取り組みなども行ったり、動物実験が人に及ぼす害について医学者獣医学者の団体AFMAの日本版(Japansese For Medical Advancement)を作るなどなど行いました。
当時情報がみえなかった畜産動物たちの状況を調べ始めました。
パートナー動物ついての取り組みも継続し、犬猫の殺処分方法の改善、ペットショップやブリーダーなどの生体販売の廃止を訴え、また飼育状況の改善に取り組みました。

その後、2003年に代表を引き受けてからすぐにシェルターの閉鎖に取り掛かりました。半年以上かけて全頭の里親を探し、閉鎖。シェルターは立ち上げは簡単ですし、運営もそれほど難しいとは思いませんでしたが、閉鎖はとても大変な作業でしたし、動物たちが全て去った後のシェルターはとてもわびしいものでした。もう二度とやりたくないと思っています。

(↓この子は最後のシェルターボス猫です)


閉鎖した理由は、1頭の動物を救う労力を1万頭の動物の犠牲を生み出さない労力に変えなくては、動物の犠牲は一向に減らないと考え、アニマルライツセンターはその役割を担うべきであろうと考えたからです。
何百億頭、魚を入れれば無限の動物が苦しんでおり、アニマルライツセンターとしてはより多くの動物を助けるために、社会システムの変革を求めていくべきだと考えました。
それは、アニマルライツセンター立ち上げ当初の理念に立ち戻るということでもあったように思います。

ここからアニマルライツセンターは完全な啓発団体になり、戦略、計画、目標これらを重視したアニマルライツの本来的な活動にシフトしていきました。

アニマルライツの行動ネットワークを作ろう

この標語は川口と一緒に考えた最後の目標です。
この目標は時代にもあっており、ミクシィやFacebookなどのSNSの台頭とともに発展しました。今わたしたちアニマルライツ運動を行う人達は広いネットワークでつながれています。

SNSやオンラインの世界だけでなく、人と人が会う場も作ってきました。
毎月一度、どうぶつのために何かをしたいと思う人であれば誰でも参加できる開かれた場である定例ボランティア会議は2004年からはじめ、今まで一度も欠かしたことはありませんが、最初は惨憺たるものでした。1人だけ、2人だけということもありました、でもやはり継続こそ力です。
すぐに部屋は満員になり、激しい議論ができるようになりました。そのときに集まってくれたのが、その後の理事たちです。パワフルで明るく、前向きに活動ができる素晴らしい仲間たちが集っていったのです。
この活動の唯一の活動家へのメリットというのは、そういった人間力の高い人たちと仲間となれることでしょう。

アニマルライツセンターは組織としては少ない団体です。けれどもボランティアのパワーはどこにも負けないなといつも感じます。今は2名の専従スタッフを置いていますが、2004年以降2015年までは専従スタッフをおいていませんでした。
それでも毛皮の輸入量を80%削減し、フォアグラの輸入量もキャンペーンをはじめてから50%以上削減しました。これはボランティアのみんなのアイデアと、役割分担と地道な努力、そして継続する力、苦しみを減らすんだという使命感で成し遂げてきたことです。でもそれは1人ではできなかったことです。私たちはネットワークや団体の力を重視しています。
毛皮をなくす運動
2003年からは、毛皮消費量を減らすためには、ありとあらゆることをやりました。
デモ行進はほんの一部でしかありません。
ブランドへのお願い、今もやっている成人式でのアクション、企業への働きかけ、舞台やテレビなどで毛皮と使わないでという要望、メディアや企業や専門学校にDVD送ったり、毎月企業にハガキを送り続けたり、動画を編集し、アニメーション作ったり、これらは、私たちみんなの休日の時間と深夜の時間を使ってやってきたことです。




おかげで日本での消費量拡大を防ぎました。毛皮輸入量の大幅な削減が時代や流行だったとは考えられません。中国はともかく、韓国では毛皮使用量が増えているといわれているためです。
畜産動物を守るための運動
畜産動物のための運動は苦労の連続でした。15年前は、たとえ比較的穏やかな写真のパネルを展示してもすぐにクレームが入り、動物たちの姿を見せることができませんでした。また情報もほとんどなく、海外の情報、海外の動画や写真が情報源でした。しかし海外の写真を見せても日本人はそんなにひどいことしてない、アメリカ人てひどいね、なんて言われてしまいます。文字情報で同じ妊娠ストールやバタリーケージシステムを使っているのだと伝えるだけでは、運動としては全く威力がありませんでした。
さらに30年前にすでに肉食と環境の問題が指摘されていたにも関わらず、その情報も日本ではほとんど出回っていませんでした。
畜産動物を守る運動はあきらかに日本では出遅れていました。

今は多少変わりました。もちろん今でもまだそのすべてを知ることはできていませんが、それでも畜産動物たちの状況をどう改善していくべきなのか、戦略を立てられるようになったのは、実態を把握するという努力を続けてきたからです。
でも未だに畜産業が地球環境、食糧問題等に与える影響について多くの人が認識をしていませんし、動物の状況についても認識していません。問題点がわからなければ、改善には進みません。
出遅れている畜産動物たちの問題に、今私たちは最も注力しています。遅れているだけでなく、犠牲数が多く、そしてなにより、あまりにひどいためです。

運動に必要なこと:継続性と効率と教育

毛皮の運動などは私たちの継続性(しつこさ)によってなんとか減ってきているという状況にあります。諦めたり、もういいかなとやめてしまったら、増加に転じることもあるでしょう。活動は継続させなければ、たとえ良い活動であってもなかったことになります。
継続することは簡単なことではなく、強い意志と責任と持久力が必要ですし、ときに一人でもやり続ける覚悟も必要です。

そして、これから、もっとたくさん、もっと速度を上げて動物を救わないといけません。
日本国内だけでも10億頭(年間)の陸生動物の犠牲があります。のんびりしている暇は一瞬もありません。
様々な方法で人々の支持を増やし、ファンドレイズもしていき、専従スタッフも1人2人と増やしていかないと動物を多くは救えません。でも、海外のような規模で寄付が集まるということは日本はあり得ないでしょう。日本では日本のやり方で活動を作っていく必要があります。
私はその方法は効率化しか無いように思っています。ここでいう”効率化”というのは”改善を重ね、多くの効果を出す”という意味です。

継続性を持ち、効率を上げるためにも、教育が重要です。すでにアニマルライツセンターの複数あるサイトには多くの情報が掲載されていますし、勉強会や定例会のような場も作っています。今後はさらに力を入く計画です。
活動家を育て増やすことも教育の一つの目的です。私が川口に多くを教えてもらったように、わたしは知識や経験を共有する義務を負っていると思いますし、みんながみんなイチから始めるなんていう効率の悪いことはしている暇はないでしょう。活動家を育てていくことで、まだ成熟していない動物の権利/動物の福祉運動を成熟させ、より多くの動物を救える運動にしていきたいと思います。

アニマルライツセンターの良さを発揮して動物を救おう

川口は息を引き取ることになった病院で、動物実験の夢を見ると言っていました。これだけの問題を置き去りにしなくてはならないことはさぞ悔しかったことだろうと思います。
でも川口には後継者がいました。
川口自身は道半ばで亡くなってしまいましたが、彼が30年前に構想し、やろうとしたことを、私たちは今実現していっています。
自分たちもそうやって道半ばで死ぬことは間違いないと思います。動物搾取という問題は大きすぎます。でもそのときに後を託すことができる人がたくさんいてくれるよう、私たちは努力をするしか無いのでしょう。

アニマルライツセンターは
  • 行動力があること
  • 判断が早いこと
という特徴に加え、以下の2つが特徴であり強みだと思っています。
新しい人や物を取り入れるオープンなマインドであること
30年一貫した特徴です。マイノリティの運動ですので、閉鎖的であるメリットは何一つ無いでしょう。そして、動物のためだったら、私たちは自分の感情や都合や欲求ではなく、今苦しんでいる動物がどれだけ救われるかで動くという基準で動いています。
私たちは主張すべきことは主張しなくてはならないし、NGOの役割として厳しいことも社会に突きつけていかなくてはなりません。でもその先に居る企業や行政や人々は、敵ではありません。かつての自分であり、それが今の社会でありその社会の一部を自分も担っているのです。
敵味方にわかれるのではなく、対話をし、実現可能な改善策を提示し、より多くの動物を苦しみから解放するための団体でありたいと思っています。
動物を救うために柔軟性があること
海外の団体はと畜場の改善だけをする団体、教育だけをする団体、キャンペーンだけをする団体、福祉だけを追求する団体、など分かれていたりすることが多々あります。でも残念ながら日本にそんなことをしている余裕は全くありません。
すべての役割を担う柔軟性を持たなくてはなりません。
精神的に難しいこともあるとは思いますが、少ないソリューションでアニマルライツ、アニマルウェルフェア全てを実現していかなくてはならないのです。

人が一番の財産

川口が亡くなった前後、孤独な活動をしていた私には、全国で活動してくれている人たちや、毎週アクションに来てくれる人たち、地方でチラシを配ってくれる人たち、動物たちのために翻訳や落語など自分の職業としている技術を提供してくれる人たち、持続的に動物の現状を調査してくれる人たち、責任を分担してくれている今の理事たちが、どれだけ貴重かよくわかっています。
動物にとって、一人ひとりの力が貴重な戦力です。一人でも失いたくないと思っています。

これまでアニマルライツセンターに関わり力を尽くしてくださった先人たち、今一緒に活動してくださるみなさまに心から感謝いたします。
そしてこれからも、どうか日本のアニマルライツを大きくしていくために、一緒に力を尽くしてください。

そして、30年後、もっと多くの成果を報告できることを、そしてそのときは次世代の代表理事がその報告をすることを、願っています。

アニマルライツセンター代表理事 岡田千尋

(↓30周年記念パーティーに集まったみんな)


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 出典・引用元WEBサイト: NPO法人アニマルライツセンター 毛皮、動物実験、工場畜産、犬猫等の虐待的飼育をなくしエシカルな社会への更新情報

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