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国の恥だ

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春が好きだ。新しいこと、
希望に満ちたたくさんの事がこれから起こるようだ。
しかしこの季節に開催される犬の品評会(クラフト)で落ち込む。
そこから立ち直ったと思ったら、今度は競馬のシーズンだ。
そしてもちろんあのグランドナショナルである。

今年はエインツリーで3頭の馬が、
チェルトナムフェスティバルで数匹の馬が死んだ。

フェスティバルとはおかしな言葉だ。
馬への愛はなどひとかけらもない。
賭け、ドレスアップ、シャンペン、
人間のためのフェスティバルだ。
馬の福祉は何も考えていない。

競走馬は世界一手をかけられているという言葉も聞き飽きた。
ほとんどは23時間、厩舎に閉じ込められ、
馬にとって非常に大切な他の馬との接触はない。
食餌も理想的ではなく、馬本来の自然な行動が許されない。
痛みや怪我や病気にさらされている。

人間も動物も毎日怪我のリスクに晒されているが、
それが生きるということである。
しかし、人間の娯楽のために
馬が怪我や死の危険と背中合わせに生きているという事とは話しが違う。

エインツリーの死後、たくさんの記事を読んだが、
どれもスポーツにはリスクが伴うと書いてある。
それに関して、二言三言、物申させていただきたい。

まず第一にもしジョッキーが馬と同じくらいの頻度で
怪我をしたり、死んだりするスポーツであれば、
直ちに対策を講じるのではないか。

2番目にもしこの動物のリスクが許容範囲だと思うのなら、
なぜ事故が起こったとき、テレビカメラが隠すようにしているのか。

だれでも足を砕いた馬がその場で射殺されるところを見るのは不快であり、
首を折ったアップフォーレビューが2分間痙攣を起こすところを見ると
シャンペンの味もまずくなるであろう。しかしこれは現実だ。
実際アップフォーレビューの事故のときは隠す暇がなく公衆の目に触れ、
多くのレースファンがひき、賭けを辞めた人たちもいた。

よいことだ。もっと言う。

馬は自分が選んで柵を越えているのではない。
馬は自分が選んでレースをしているのではない。
私たちはむちを打ったときに馬のあざや熱が
どのくらい残るのか研究しようとしたが、
もちろん競馬協会は拒否した、そうだろうね。
必ず倫理問題にひっかかるからね。
ではなぜ続ける。ひょっとしてお金?

ばかげた帽子をかぶり、ドレスアップして、
仲間と酒を飲んで興じるのは私は一向に構わない。
しかし優雅で美しい動物の苦しみ、過剰繁殖、
放棄、残酷な死は許せない。
グランドナショナルはグランドではない、国の恥だ。

Emma Milne
National Disgrace




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 出典・引用元WEBサイト: 私に何の関係があるというのだ 

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